Blog27.「保全」作業はなぜ好まれないのか
人には報酬(“楽しいこと”“嬉しいこと”のご褒美)を早く欲しがる「性(さが)」がある。近視眼的に報酬を求め過ぎると非科学的行為に走りとんでもないトラブルを引き起こすことがある。
社会を多様な人々で構成するので思いもかけない社会問題が起こるものだ。
Blog27では、最初に脳科学者の解説をもとに報酬を求める理由を整理する。後半で、「保全」が報酬を得る方法について考えていく。
<目次>
1.「花の建設 涙の保全」とは
2.脳の働き
3.「涙の保全」になりやすい仕事
4.「涙の保全」を減らすには?
5.さいごに
1.「花の建設 涙の保全」とは
皆さんはこの意味わかりますか。私が知ったのは、2012年12月2日に中央自動車道笹
子トンネルの天井版落下事故が起こった時であった。一般には、この事件が契機で知れ渡ったようである。
「花の建設 涙の保全」は建設業界では定説であったようです。新しい建設物ができるとなれば十分な予算を取り華々しく推進する。それを「花の建設」という。しかし、作られた建設物を維持する保全にもお金がかかるのだが容易に予算化できない。皆の関心は低く、維持する側にしてみれば大変苦労するということで「涙の保全」という。
インフラ設備で社会問題化している多くは「涙の保全」である。
2.脳の働き
脳科学者中野信子氏の著書「脳内麻薬~人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体~」(2014.11.20第12冊幻冬舎発行)によると、「花の建設」は人間の性(さが)が「楽しく面白い『報酬』」を期待できる、逆に「涙の保全」は『報酬』が期待できないどころか苦しみを伴うということらしい。次に著書を引用して説明する。
人間幸福感に包まれるとき、脳の中では快楽をもたらす物質「ドーパミン」が大量に分泌されている――食事、セックス、ギャンブル、ゲーム、麻薬、覚醒剤、アルコール、ニコチンなど生物的な快楽を脳が感じるとき――。時には、生理的欲求を打ち負かすほどのものなので、非常に強力で、一つ間違うと、頑張らずに報酬(ご褒美)だけを求めるようになる。
他の事例をあげると、
・楽しいことをしているとき、・目的を達成した時、・他人に褒められたとき、・新しい行動を始めようとしたとき、・意欲的なやる気が出た状態になっているとき、・好奇心が働いているとき、・恋愛感情やときめきを感じているとき
これが「花の建設」の意味するところである。人間成り行きで生きているとどうしても“面白いこと”דいち早く”を求めることになる。逆に、“叱られること”“トラブル、クレーム”“苦労を伴うこと”“日が当たらないこと”などの嫌なことは避けたい部類になる。“トラブル、クレーム”は、逸早く消し去りたい出来事の一つである。“日が当たらないこと(予算が取れない)”ד苦労が伴う”ような「インフラの保全」案件は先送りされる事案になり易く「涙の保全」といわれるゆえんである。
次に、ばらつきについて触れておく。前述の引用のとおり、脳の中では快楽をもたらす物質「ドーパミン」が大量に分泌されるのだが、過剰・不足になる場合の症状についての記述があったので引用しておく。
過剰 ①興奮状態になり時には攻撃的になる、②アルコールやたばこの依存症や過食など、ある種の行動が止められなくなる、③幻覚を見たり、妄想を抱いたりする(統合失調症)
不足 ①食欲や興味、好奇心などが減退し無気力な状態になる、②パーキンソン病、 ③うつ病
多様な人々の存在には、こういったドーパミンの過不足によるばらつきも含まれるということである。だから、考えが及ばないほど多様な人々と社会生活を営んでいることを理解すべきである。以上は、ばらつきの存在の一つを示すにとどめておく。
3.「涙の保全」になりやすい仕事
私の企業生活42年間の経験から「涙の保全」になりやすい仕事は、「軽く思われる仕事」だと分かった。その共通する特徴は「未来を予測する仕事」「見えにくいものを管理する仕事」である。代表的な仕事をあげると、品質管理、信頼性、保全、静電気管理、検査、監査などである。
なぜかというと、
一つ、「今は何ごとも起こっていない。しかし、今費用が掛かる」
解説 今何も起こっていなければ、無駄な投資と思ってしまう人が多い。特に、現場を知らない経営者は陥りやすい。
二つ、「将来に備える仕事なので、やっている仕事とその成果が見え難い」「うまく仕上げるほど成果が見え難くなる」
解説 未然に防止すればするほど問題が起り難くなる。問題が起こらなければ、費用削減の指示をする(人減らし)。時間が経過するとまた問題が起こる。そしてまた強化する。これを7年から10年で繰り返すので分かり難いのである。人間の脳は記憶が薄れていくようにできているからである。
三つ、「成果が見え難い上にトラブル時はお金を食う」「起こらなければ何もしなくとも済む」
解説 端から見ると、行動が良く見える時はお金を食う時である。予算外の金を使うので、印象は良くない。
「涙の保全」になりやすい仕事は「見えにくい」というのが一番の特徴である。
「見え難い仕事」の導入当初はそれなりの理由があったはずである。ところが時間経過とともに伝承が途切れ目的が曖昧になったのであろう。そして、必要性を曖昧なままにしておくと「将来を予測する仕事」は、今は何も起こっていないので「どうでもよい仕事」に陥るのである。
ところが、見えにくい仕事――品質管理、信頼性、保全、静電気管理、検査、監査など――は、“現状を正し” “将来を予測して備える”という重要な仕事ばかりである。
4.「涙の保全」を減らすには?
私が考える「涙の保全」を「花の保全」に切り替える方法を二点示す。
一つ目は、「嫌なことだと感じないようにする」こと。組織の不完全さが理由で起こる「含み損(失敗、トラブル)」の顕在化は、非常に嫌なことである。Blog26「組織が失敗するということ」で解説したとおり、「含み損(失敗、トラブル)」は経営能力を高めるための「先行投資」だという考え方を組織人全員で共有化することで「嫌な仕事」ではなくなる。
二つ目は、長い時間を要する事案であっても「報酬」を感じられるようにする方法について二点示す。
一つは、ひとり一人のことだが、中野信子著「脳内麻薬」p.18の13行目~p.19の2行目に記載されている内容を引用すると『勉強に限らず、スポーツジムで鍛錬するとか、ひと月にいくらか貯金するとかいった長期間の努力を要する作業は、たいてい始める時は一番困難です。私たちの脳が「努力とその結果与えられるご褒美」を覚える、つまり習慣づけてしまえば次第に楽になり、最後は特に苦しいとは思わなくなる』。これは誰もが経験していることであり難しくはないだろう。
もう一つは、参加している組織の「含み損(クレーム、トラブル)」の解決を“未然防止”が良いのか、“事後処理”が良いのかを経済性で比較検討しておくやり方である。成果が見えにくい保全機能の金銭効果が明確になれば、組織員も担当者も存在意義が分かるというものである。単純な保全機能に関してはこれでよいであろう。
冒頭で申した通り、多様な人々と社会を構成している以上、述べた策が万全ではないことを断っておく。策が通用しない人が沢山いるということである。でも、考え方を共有化できれば賛同してくれる人が増えるはずである。もし、通用しない人がいても、その人には別の強みを発揮してもらえれば組織は強靭になる。
5.さいごに
社会問題を振り返ると、原因系の大多数は「見えにくい仕事=涙の保全」で起こっていることが分かる。Blog24「社会問題はなぜ起こるのか」1項で示した社会問題事例5点(JRの保全改ざん、トンネルの保全事故、JR宝塚線脱線事故、T社の粉飾決算、関電の贈賄)は全て当てはまる。
見えにくい仕事の代表格である「品質管理」は、執筆書「経営のための品質管理心得帳」で解説したように「仕事のマネジメント」という本来の目的がある。同様に「見えにくい保全」も本来の目的、「予防保全」がある。トラブルが起きないように本来の目的を果すという使命がある。しかし、成り行きで仕事をしていると、「クレーム」や「故障」という面倒な仕事が本分になり、「涙の品質管理」「涙の保全」に陥るものである。それは本分を誤解しているからである。
今一度、「品質管理」・「保全」機能の原点に立ち返ることを切にお願いしておく。
以上
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